早崎 泰輔(Taisuke Hayasaki)1976年生まれ。
神奈川県横浜市出身。横浜市在住。
これといって特筆すべきところもない、至極ふつ~のサラリーマン家庭で育ちました。
高校時代までは、地方を流転し、(親の転勤でね。)
ミュージシャンを志すために、大学進学と同時に上京。
「ミュージシャンならやっぱ、Macでしょ・・」
と、馬鹿の一つ覚えで、ブラックMac購入。 (1997年くらい?)
本当の理由は、筐体の色が黒かったから。
いや、当時のパソコンって、すべてクリーム色だったんですよね~。
それじゃあ、ダサくて、彼女とか家に呼べないじゃん。
だからブラックMac.
まだ、「Mac=オシャレ」のイメージは出来上がっていなかった時代です。YAYA.
当時のMac OSは [超×5] 不安定で、メチャクチャ頻繁に「爆弾マーク」がでてフリーズしてたし、 何を押しても、動作しなくなることが多々あったので、 コンセントを抜いて電源を落としていました。
パソコンとはそういうものだと、勝手に思っていました。
(嘘です。)
その後、縁あって、InterQ(現GMO)というプロバイダでバイト。
「あの~、インターネットに接続出来ないんですけどぉ・・」と、電話で問い合わせてくる顧客に対して、 知ったかぶって、ダイヤルアップ接続の方法を教えたりしてました。
バイトしながら、コンピュータの基礎を知りはじめたころです。
当時はITバブルの前夜で、幸運にもInterQが株式の店頭公開していく様を目の当たりに出来ました。
あのときの活気と、皆が一丸となって前に進む姿は、今でも忘れられませんな。 (1999年くらい?)
2001年、大学卒業と同時にミュージシャン業は廃業。
小さなソフトハウスに入社。
理由は、そのソフトハウスが株式上場を目指していたから。
夢よ、もう一度!
「InterQ時代は、学生バイトの分際だったので、上場前株式は取得できなかったけど、次はもしかして、ストックオプションでウハウハ??」
と、淡い期待を持って入社。
しかし、あっさりと、夢敗れる。
(上場までの道のりは遠く、険しいなり~。)
そのソフトハウスは、データウェアハウスの構築をメインで手がけていました。
2004年、「ヤヴァイ、このままじゃ、すぐ30歳になっちまう~」と書いてきた同級生からの年賀状を見て、超焦りを感じて辞表を提出。
何がこの男をそうさせたのかは、イマイチ 不明。
男28歳、独立して、
世の中の荒波に「手漕ぎボート」で立ち向かうことを決意。
途中、幾度となく座礁、転覆を繰り返すも、命に別状はなし。
持ち前の「要領のよさ」と「適当さ加減」と「強運」で、ピンチを切り抜ける。
2008年、「手漕ぎボート」から「クルーザー」くらいの規模に手直し中。
再び、航海の準備を始める。
次の航海は、長旅になりそうだぜぃ~。
キミも参加するかい?